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最新更新日時: February 29, 2012
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都城の文化財
五十市
何欽吉
何欽吉の墓
(かきんきちのはか)
県指定有形文化財
所在地 鷹尾一丁目 西墓地内
何欽吉の墓は自然石でつくられ、もと唐人墓地(現中町)にあった。のち西墓地の天水家墓所に移されている。
何欽吉は中国広東州の出身で、江戸時代の初めごろ自国の乱をさけ、当時、都城領地であった内之浦(鹿児島県)に渡来し、都城の唐人長(現中町)に居住した。
領主の医者を勤め、名医としての名声は高まり、藩主からも往診にこわれるほどであった。また、医術や薬草の本を著わしたり、多くの門人を養成するなど、医術の向上につくした。
とくに、そのころの貴重な朝鮮人参と同様の和人参を三股の山中で発見した。このことは日本で最初の「本朝医法」にも記されている。
なお、何欽吉は、万治元年(1658)に没している。
法名「業岐心恒居士何欽吉墓」
その両面に
「生於大明広東潮州澄海県」 「逝于万治元年九月二十九日」
とある。
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