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最新更新日時: April 19, 2012

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文化財トップ 画像:やじるし都城の文化財画像:やじるし都城画像:やじるし招魂塚


西南の役 招魂塚(都城郷隊)(せいなんのえき しょうこんづか)         
 

所在地 前田町
この招魂塚は、明治10年(1877)西南の役で西郷軍として従軍した戦死者134名の慰霊碑である。

同年3月8日都城一番隊255名が、人吉を経由して熊本城下をめざし出発した。その後戦況の悪化につれて募兵が頻繁に行われ、氏名記録のみでも1556名(都城郷隊は庄内・志和池地区を除く)に達している。

この碑は戦没者をとむらうため、生存者と遺族で招魂塚を建立することになり、中心の塚石を三股町轟木の谷から運び出し、土地造成などの労力奉仕を行い、遺品をうずめ、その上に塚石を建て、明治13年(1879)4月に盛大な慰霊祭を行った。

 筆跡 川口雪逢(かわぐちせっぽう)

雪逢は口永良部島で流刑の西郷と信仰があり、西郷の師とも言われた人である。

他に「勝海舟の作詞並びに書の碑」があり、

 惨 憺 丁 丑 秋 (さんたんたり ていちゅうのあき)
 回 思 一 酸 辛 (おもいを めぐらせば ひとさんしん)
 屍 化 故 山 上 (しかばねは こざんの つちとかし) 
 懍 乎 在 精 神 (りんことして せいしんあり)

と刻されている。海舟は戊辰の役に、江戸城明け渡しの会見以来、西郷を敬愛して西南の役でも擁護論を発表している。
 
この碑は東京在住の生存者一同が依頼して明治14年(1881)に建てられた。
画像:しょうこんづか
        
画像:かつかいしゅうかひ
 

 
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