 
| 志和池城址(しわちじょうあと) | 所在地 上水流町 | 当城は、国道221号が大淀川にさしかかる断崖上にある。
城山の高さは高いところで27メートル、低いところで17メートルあり、五つの曲輪(くるわ)からなる連書郭式山城で、古来から本郷氏・北原氏・伊東氏などの争奪の的となった要衝である。
築城に関する詳細は不明であるが、文明17年(1485)頃は島津忠尭(のちの志和池氏)が在城している。
庄内の乱では伊集院勢がたてこもり、島津方の兵糧攻めにあり、飢餓にたえながら、降伏まで持ちこたえ、乱平定後は再び北郷氏の領するところとなったが、元和元年(1615年)一国一城令で廃城となった。
現在は、本丸跡のみが残り、往時の面影はないが、城の前には都之城・高城・山之口の諸城がはるかに見え、また、河原には「鎗合場(やりあわせば)」の跡や、城の西部には島津軍の陣営の跡、城内を苦しめた井楼跡があり、当時の将兵の武者ぶりをしのぶことができる。 | |
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