 
| 山久院跡(さんきゅういんあと) | 所在地 庄内町 | 山久院は、山久院殿月窓道明居士、つまり都城島津氏初代北郷資忠(ほんごうすけただ)の菩提寺で、時代ははっきりしないが、文和4年(1355)前後と思われる頃に山田町薩摩迫に建てられ、その後、庄内町に移された。
現在は、資忠とその妻(宮丸蔵人道時の娘)柏庭妙意大姉の2墓が石垣に囲まれて豊幡神社境内の一角に残るのみである。
資忠は薩摩島津氏四代忠宗の六男で、観応2年(1351)9月、将軍足利尊氏のもとで南朝軍と戦い、その戦功により庄内北郷の地300町を賞与された。文和元年(1352)12月、資忠は家来10余人を従え現在の山田町薩摩迫に来て館をかまえ、地名をとって北郷氏を名乗った。
以来、都城地方は多少の出入りはあったが、都城島津氏の治世が明治維新まではほぼ5世紀にわたって続いた。この墓は当地方の歴史を語るうえに欠くことのできない貴重な史跡である。 | |
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