 
| 安永城跡(やすながじょうあと) | 所在地 庄内町 | 安永城は、大淀川支流庄内川に南面するシラス台地に位置し、内城(本丸)・新城・今城・金石城からなっている。
応仁2年(1468)、北郷敏久などの築城である。 天正7年(1579)、北郷時久の長子、相久(すけひさ)が、無実の罪により金石城に憤死した悲話は、兼喜大明神の由緒として、今も語り継がれている。
文禄4年(1595)から五年間、都城領は鹿児島の家老伊集院忠棟により支配され、この間、北郷氏は北薩摩の宮之城に移封された。
しかし、忠棟の謀反が発覚し、これを端発した庄内の乱では、謀将白石永仙がたてこもり奇略によって島津軍を苦しめた。
乱平定後は、後に城山公園となり、その一隅には明治以降の各戦没者記念碑・忠霊碑がある。
また、城の南中腹には、西南の役の庄内郷戦没者と南州を祀る南州神社がある。 |
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