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最新更新日時: April 16, 2012

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文化財トップ都城の文化財西岳・庄内安永城跡
 

安永城跡(やすながじょうあと)   
 

所在地 庄内町
安永城は、大淀川支流庄内川に南面するシラス台地に位置し、内城(本丸)・新城・今城・金石城からなっている。

応仁2年(1468)、北郷敏久などの築城である。
天正7年(1579)、北郷時久の長子、相久(すけひさ)が、無実の罪により金石城に憤死した悲話は、兼喜大明神の由緒として、今も語り継がれている。

文禄4年(1595)から五年間、都城領は鹿児島の家老伊集院忠棟により支配され、この間、北郷氏は北薩摩の宮之城に移封された。

しかし、忠棟の謀反が発覚し、これを端発した庄内の乱では、謀将白石永仙がたてこもり奇略によって島津軍を苦しめた。

乱平定後は、後に城山公園となり、その一隅には明治以降の各戦没者記念碑・忠霊碑がある。

また、城の南中腹には、西南の役の庄内郷戦没者と南州を祀る南州神社がある。
 
画像:やすながじょう

   
画像:やすながじょうなわばりず


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