船印幟旗「稲福丸」(ふなじるしのぼりばた「いなふくまる」)
| 高城郷土資料館 |
後藤五市(ごとうごいち)は、安政6年(1859)12月、稲福丸(18丹帆)の新造立を藩に願い出、翌万延元年(1860)正月認可され、文久元年(1861)末に完成し、藩御用船として就航しました。その稲福丸の船印の旗幟です。
その新造船稲福丸は、文久3年(1863)10月には高山波見(こうやまはみ)の重新左衛門に868両1歩余りで売却され、藩への借金返済に当てられましたが、約2年間この船印の幟を船尾に立てて航海しました。売却後も幟は後藤家に残りました。高山波見の重家での船名はわかりません。
船方諸用控帳の記録を裏付ける船印で、両者相まって資料価値を高めています。
このような薩摩藩御用船の船印は旧薩摩藩内に現在3つ残されていますが、この後藤家稲福丸の幟が最も大きなものです。
縦408センチメートル 横100センチメートル |
前のページへ
文化財に関するお問い合わせ 都城市教育委員会 事務局 文化財課 〒885-0034 宮崎県都城市菖蒲原町19‐1 Tel:0986-23-9547 Fax:0986-23-9549 |