 
| 小山城址 | 所在地 高城町桜木 | 明応4年(1495)に高城を領有した伊東氏が、三俣八城の一つとして築いたのが小山城で、日和城を守るための出城の役目をもっていました。
天文元年(1532)の北郷忠相(ほんごうただすけ)、島津忠朝(しまづただとも)、北原久果兼(きたはらひさかね)の連合軍18000と、伊東八城の将兵13000との高城攻防戦で落城し、小山城将宮崎殿父子6人(長男25歳、次男22歳、三男19歳、四男16歳、五男13歳)と、勇将宮永六郎は討死しました。
城下にみえる小山川原は、その後に続いた天文11年(1542)の伊東、北原連合軍と、北郷忠相、忠親(ただちか)父子軍との戦い、慶長4年(1599)の伊集院軍と島津軍が刻肉相争って戦った庄内の乱の古戦場です。
現在は、東岳川に浸食されたり、開墾されたりして昔の面影をとどめていません。 | |
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