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最新更新日時: February 18, 2012
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都城の文化財
山之口
ごぜみぞ
ごぜみぞ
所在地 山之口町山之口
麓・六十田地区は東岳を源泉とする水量豊かな東岳川流域にあります。
しかし台地上にある田畑は水位が低く、古来より取水に非常に苦労をしていました。
明治
38
年(
1905
)の頃より、これらの状況を見かねた地区在住の小野田長左衛門(おのだちょうざえもん)氏は一大決心し、農業用水路の開削工事に着手致しました。大工事の割には測量技術もさることながら、困窮する状態が続きました。遅々として進まない工事は、私財売却等でまかなわれたといいます。
大正
7
年(
1918
)頃には、同時期に進められていた大淀川流域の轟地区(観音瀬)ダム工事の関係者(久山氏)と共同して、ダム工事の残りセメントを払下げ、水路改良工事がスピード化されました。取水口を五反田の砂防ダムに設け、約
2
キロメートルの水路は山すそを縫うように流れ岩盤をくり抜くなどの難工事の跡をみることができます。
また、昭和
8
年(
1933
)
2
月
28
日には地区内六十田一之渡(ろくじゅうだいちのわたし・新田みぞ)の水路工事に着手しました。この水路は非常に珍しい特殊工法「サイフォーン式」が取り入れられています。
また、大変貴重な石積水路橋(
2
箇所)も残され、近年まで使用されていました。
取水口は約
3
キロメートル上流の楠ヶ丘砂防ダムにあり、途中は数々のトンネル工法も見受けられます。
両水路共に小野田翁の莫大な犠牲の下で氏の人としての寛容さがなければ実現しなかった事業と思われます。
地区の方々は小野田翁の幼名「五左衛門(ござえもん)」をもじって「ごぜどんのみぞ」と呼んで水と土の大事さを後世に語り伝えています。
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