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最新更新日時: February 16, 2012
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都城の文化財
山之口
腹切りどん
腹切りどん
(はらきっどん)
所在地 山之口町山之口
兼重神社境内にある古石塔は水輪に袈裟がけに刀傷があることから「腹切っどん」の伝説が残っており、町内に残る五輪塔の中では一番大きいものです。
南北朝期に肝付兼重(きもつきかねしげ)は、高城の月山日和城を中心にこの地域も領していました。
延元
4
年(
1339
)
8
月
14
日、足利尊氏の命を受け肝付討伐にあたった畠山直顕(はたけやまなおあき)島津貞久(しまづさだひさ)は兼重の居城である月山日和城を攻めました。自決を覚悟した兼重に家臣の江田家定はかねてより受けた恩義を感じ脱出再挙を訴え身代わりとなって割腹しました。
兼重は一命を取りとめ高山(鹿児島県肝付町)に逃れることができました。この時の武将の墓であると伝えられ、この神社を「兼重神社」と呼んでいます。
ここは兼重の支城の一つであった松尾城の跡でもあります。
またここは、その昔連性寺(れんしょうじ)の釈迦堂があったところで「三俣院記」の記載によると「前代連性寺ト伝ル寺有之由候、右堂ノ前古石塔有之、其内大成石ヲ花木殿石塔与由伝候前代花ノ木村領地ノ人之由也」とあることからこの地を領した豪族花木殿が訛り伝えられたものであることもいわれています
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