| 山之口町 |
居留地受験願許可通知 昭和16年(1941)2月に福岡県小倉の軍需工場で働いていたが、アメリカ軍の攻撃が日増しに強くなる中、昭和19年(1944)2月に福岡県筑紫郡春日村へ疎開。その年の3月にこの許可通知を受領した。
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現役兵証書 昭和20年(1945)9月1日午前9時に福岡市東公園亀山上皇銅像前広場に集合とある。 |  |
入営者旅客割引証 この割引証で福岡市の集合場所まで運賃が半額になる。
現役兵証書・入営者旅客割引証に実際に使われることはなかった。何故ならば昭和20年(1945)8月15日に終戦を迎えたからである。
資料を提供された方の話によると、その当時この現役兵証書をもっていると、アメリカ軍に連行されるという噂が飛んだり、また戦地に赴いた戦友が沢山戦死したことで、自分は戦争にも行かなかったことを悔やんだりして、この証書を皮のトランクの奥底に何十年もしまい込んでいたそうです。
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| 三股町 |
都城東飛行場 都城東飛行場は昭和19年(1944)に現在の都城市都北町から三股町蓼池にかけて建設されました。
標柱は三原地区コミュニティセンターにあり、当地には三角兵舎等があったそうです。 沖縄特攻の出撃基地として69名が出撃しました。 |  |
谷分散教育場跡 谷分散教育場は、第二次世界大戦中に小学校が軍隊の兵舎となったために建てられた仮の教育場のひとつです。 また、児童を空襲から守るための建物でもありました。実際に終戦まで一人の犠牲者も出さなかったとのことです。
谷青年の家より南へ200メートル程の所。
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軍需物資格納庫跡 沖水川沿いの軍需物資格納用の洞穴で、第二次世界大戦中に造られたようです。
※危険ですので近寄らないで下さい。
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958高地 飛行機墜落の慰霊碑 この慰霊碑は椎八重公園の敷地内にあります。 昭和20年(1945)3月に椎八重にて3名が、5月に958高地にて7名が戦死され、その方々への慰霊碑として建てられました。
※ 958高地 戦闘機が墜落した場所が標高958メートル付近であったため、そう呼ばれています。
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海軍通信所跡 通信所跡は勝岡小学校から東へ100メートル程の竹林の中にあります。
終戦直後に破壊され、現在はコンクリートの一部が残るのみです。勝岡小学校付近には海軍の兵舎もありました。
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