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都城市中央部

島津発祥の碑(祝吉御所跡)

島津発祥の碑(祝吉御所跡)

島津発祥の碑(祝吉御所跡)
祝吉御所跡の図

早水神社の北東500メートルに位置します。

祝吉、郡元、早水付近は、奈良時代ごろから島津という地名で呼ばれていました。平安時代にはこの島津を中心に荘園が広がり、島津の荘と呼ばれました。

鎌倉時代になると、源頼朝からこの島津の荘の役人である下司職(げすしき)や地頭職に任じられたのが惟宗忠久(これむね ただひさ)です。

忠久は祝吉御所や堀之内御所を営み、島津という姓を名乗ったとされます。一方、忠久は鹿児島県北部の出水市にある木牟礼(きのむれ)城に入ったとする説もあり、都城市と出水市で発祥地をめぐる一件があったのは、ここからきたものです。

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