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都城島津邸

都城島津邸 邸内施設のご案内


(1) 剣道場

慶応3年築の建物といわれています。『明治百年人物誌』の渡辺甲介の項によると、明治12年に「島津邸に道場を設立し剣道を指南す」とあります。芳井崎に邸宅をつくるとき、移設してきたと思われます。床が低くなっており、釘が上から打たれていないのが特徴です。(2)石蔵に対し、板蔵と呼ばれ、炭などを保管していました。

(2) 石蔵

『都城島津家日誌』によると、昭和5年11月5日「石造米倉庫棟上ゲヲナス」とあります。12月29日に竣工。後には、道路拡により解体した農芸館の収蔵品(民具)が収納してありました。


(3) 厩(農芸館)

昭和27年の建築。馬小屋として利用されていました。

(4) 御門

昭和10年、追加注文で建築されたものです。島津家の紋章入りの軒瓦があるのが特徴です。


(5) 本宅(約180坪)

昭和10年11月の陸軍大演習のため邸宅の改築を計画し、大林組が施工しました。大演習のとき、閑院宮(江戸時代中期に創立された宮家)が宿泊されました。昭和28~29年に2階部分を増築。昭和47年に昭和天皇御宿泊のため大改装を行っています。窓に鉄格子、万一の場合に備えて非常口として螺旋階段を設置しました。

(6) 外蔵

明治15年4月、120円で古土蔵(明治5年築)を購入し、移築したものです。2階に、都城市に寄贈した古文書・甲冑等が収蔵されていました。


(7) 日本庭園

昭和10年に鹿児島の庭園師に依頼した記録があります。昭和28年、本宅増築の時、庭も改造したと思われます。南側の高木は、昭和天皇御宿泊のとき、警護及び目隠しのため移植されました。池には鯉やスッポンが生息し、鴨などの渡り鳥も飛来します。水源は湧水ですが、涸れたことがありません。一角に毘沙門天(=多門天、四天王の一。北方世界を守護)があり、これは、かつて御館にあったものですが、廃藩後に家臣であった北郷資秀がもらい受けていたものです。明治45年2月23日、島津邸内に移されました。肥後椿は、龍峯寺墓地から移植されたものです。

(8) 社

都城島津家の先祖が祀られていたものです。昭和10年にこの場所に移転し、9月30日に遷宮祭が行われました。伊勢神宮正殿と同じ神明造となっています。島津家では、毎年、春と秋に御霊祭を行っていました。