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| 中華人民共和国江津区との交流 |
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◆友好交流都市提携 ※重慶江津市は、平成18年10月から「重慶市江津区」に名称変更しています。
(1) 提携の理由・目的
本市と重慶市江津(こうしん)区との縁は、1940年代にさかのぼり、1980年代には既に友好都市提携の提案があり、1998年から同区より度々友好都市提携の申し入れが来ていました。
聶栄臻(じょうえいしん)元帥は中国建国の英雄として中国国民の尊敬を集めており、また、同元帥出身地の重慶市江津区は中国国内でも有数の農業・畜産地域であるなど本市との共通点も見られます。
今後、両都市の友好交流を推進することは、両都市の発展に資するとともに、国際平和及び国際協力活動に貢献することができます。
そのため、将来の交流について、計画的・総合的に交流を推進するため、当市と同区との縁をつくった聶栄臻元帥生誕百周年という節目の1999年に友好交流都市提携を行いました。
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聶栄臻将軍(当時)と戦火から救出された栫美穂子さん (1940年撮影) | 友好交流都市提携調印式 (1999年11月撮影) |
(2) 経緯
本市と重慶江津市(現・重慶市江津区)は、日中戦争中の1940年に八路軍の聶栄臻将軍(江津出身)が当市に縁のある栫(かこい)美穂子氏を救出したことが、日中国交回復時に両国で大きな話題となりました。1980年には、栫氏が中国に招かれ、1986年には当市の深川助役(当時)を団長とする訪問団が同氏を伴い中国を訪問しました。その際、聶元帥から江津市と当市の友好都市提携について、提案がありました。
1998年4月に、同元帥の遺児である聶力(じょうりき)女史が、中華全国婦女連合会の副会長として訪日した際本市を訪問し、江津市と本市の友好都市締結が故聶栄臻元帥の遺志であるとともに、現江津市長も友好都市提携を希望している旨を本市市長に伝えました。
その後、江津市長郭汝斉(かくじょせい)氏(当時)から、本市市長の聶元帥生誕百周年記念式典への出席及び本市との友好都市締結について度々申し入れがあり、同式典へ本市市長が出席することになりました。また、1999年6月には、江津市を管轄する重慶市の職員及び江津市の職員が本市を訪れ、今後の交流について話し合いを行いました。その際、中国側から再度友好都市提携について提案がありました。
◆江津区紹介
中国内陸の中心都市である重慶直轄市に属しています。面積3200 平方km、人口約145万人。江津の起源は、紀元前にまでさかのぼります。1992年に市制施行しました。2006年10月より、「重慶市江津区」に名称変更しています。
長江水系に属し、四川盆地と雲貴高原の気候の影響を受け、年平均気温は18.4度、1月の平均気温は7.7度、7月の平均気温は28.5度、年平均降水量は1030.7mmです。
工業、商業、農業が発達し、特に農業では、豚及び柑橘類の中国有数の生産基地です。また、鉱産物、天然ガスなどの埋蔵資源も豊富です。
観光名所にも恵まれ、観光客が年間150万人訪れています。なお、日本からの交通としては、名古屋から重慶まで週6便、直行便が就航しています。
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江津区は工業も発達 | 柑橘類は中国でも有数の生産地 |
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名勝地「四面山」 | 明代に造られた磨崖仏「石門大仏」 |