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コラム7 藩から派遣された都城「上置(うわおき)」
寛永11 年(1634)10 月、藩主島津家久の実子である北郷久直が都城領主にとなって都城に入部するとき、「惣奉行(そうぶぎょう)」として喜入休右衛門が従っていました。のちに相良杢之助が交代したときに、この「惣奉行」の名称が「上置(うわおき)」に替わりました。この上置は、すこし職務を少し変えて「中抑(なかおさえ)」となります。
惣奉行・上置の役割は、(1)都城領主の後見、(2)領主の政務の相談役・後ろ盾、(3)藩主の意思伝達でした。上置は都城領に対する鹿児島からの監視役であり、都城領政指導役でもあったのです。