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コラム13 都城領主の鹿児島屋敷

記事ID:0036800 更新日:2021年6月10日更新 印刷ページを表示する 大きな文字で印刷ページ表示

最大4万石の土地を持っていた都城島津家ですが、あくまでも鹿児島藩の家臣でした。その役目を果たすためには、鹿児島城下に屋敷を持つことが必要でした。そこで、鹿児島城の近く(今の黎明館の南東あたり)に5,700坪(約1.9ha)という広い土地を藩から与えられて屋敷をつくりました。敷地の北側半分には領主の邸宅が築かれ、南半分には都城島津家の家臣の住まいがつくられました。

領主の邸宅のほうには、大きな美しい庭園や能舞台もありました。しかしそれは、役目として行う徳川将軍家への挨拶や、幕府老中たちとの付合いに必要な教養のためのものでした。また、時折来邸する藩主をもてなすためにも、そうした設備が必要だったのです。

都城島津家鹿児島御屋敷図

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