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私領一番隊
慶応4年(1868)1月3日、旧幕府軍1万5千と薩摩・長州連合軍5千が鳥羽・伏見(京都府南部)で戦いをはじめました。以後1年半に及んだ戦いが戊辰戦争です。
この戦争に、薩摩藩から7千とも8千ともいわれる人びとが参加しました。
都城島津家も藩の命令を受けて、家臣123名から編制された「私領一番隊」(都城隊)を出兵させました。都城隊は、鳥羽・伏見の戦いで奮戦しました。
このように、都城の人たちも、日本の歴史を大きく変えた戊辰戦争に参加していたのです。
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慶応4年(1868)1月3日、旧幕府軍1万5千と薩摩・長州連合軍5千が鳥羽・伏見(京都府南部)で戦いをはじめました。以後1年半に及んだ戦いが戊辰戦争です。
この戦争に、薩摩藩から7千とも8千ともいわれる人びとが参加しました。
都城島津家も藩の命令を受けて、家臣123名から編制された「私領一番隊」(都城隊)を出兵させました。都城隊は、鳥羽・伏見の戦いで奮戦しました。
このように、都城の人たちも、日本の歴史を大きく変えた戊辰戦争に参加していたのです。