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寛永年間(1624年~1628年)、虫害に苦しんだ有水の人々が、泥田に馬の脚をとられ無念の最期を遂げたと云われる有水備前の亡魂を弔うため、社祠を建て、踊りを奉納したのが始まりと伝えられています。
踊りの服装や形は、臼太鼓踊りや各地の大太鼓踊りに似ていますが、3種の鉦が主となっているのが特色です。
※参考:都城市の文化財(平成26年7月22日発行)
高城町有水