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旧都城市民会館の3Dデジタルアーカイブプロジェクトを紹介します
旧市民会館の解体を前にして、建物の形状を3次元スキャンで立体的に記録。デジタルアーカイブとして建物の建築的価値の継承とともに、新たな保存手法の構築を目的としたプロジェクトが実施されました。
プロジェクトには、建築や都市のデジタル化を推進するgluon(グルーオン)を中心に、豊富な測量実績と新しい測量技術を切り拓くクモノスコーポレーションなど、さまざまな技術者がメンバーとして集結。レーザースキャンや写真、ドローンによる空撮が行われました。
建築物の記録保存の新しい手法として期待されることから、本市は、プロジェクトに賛同し撮影などの支援を行いましたので、次のとおり取組概要および中心メンバーである豊田啓介氏による特別寄稿を紹介します。
取組概要
従来の図面や写真による2次元の記録から、さまざまな計測技術を組み合わせた3次元の記録が行われ、建物の形状に加えて質感や空気感も保存することができました。そして、アーカイブとして残すだけでなく、3Dデータの活用としてVR(仮想現実)やAR(拡張現実)が提示されました。
プロジェクトメンバー
- 豊田 啓介 gluonパートナー/noizパートナー
- 金田 充弘 gluonパートナー/東京芸術大学建築科准教授
- 堀川 淳一郎 gluon CTO / Orange Jellies主宰
- 瀬賀 未久 gluonディレクター
- 中庭 和秀 クモノスコーポレーション代表取締役社長
- 生川 慎 クモノスコーポレーション
- 佐藤 準 クモノスコーポレーション
- 音成 尚吾 クモノスコーポレーション
- 藤原 龍 HoloLab
- 長坂 匡幸 フリーランスCGデザイナー
- 大隣 昭作 福岡大学工学部社会デザイン工学科
- 秋田 亮平 東京芸術大学美術学部建築科
- 塩崎 拓馬 東京芸術大学美術学部建築科
活動費
プロジェクトの活動費を集めるため、クラウドファンディングを実施。旧市民会館の建築的価値やデジタルアーカイブへの試み、3Dデータを活用したデジタル空間での体験に関心が集まるなど、全国から多くの方の賛同を得て、実施後2日で目標額を達成しました。
3次元計測
令和元年7月2日、3日に、計測活動が実施されました。計測には、ミリ単位で正確な距離を測ることができるレーザースキャンや地上から一眼レフカメラによる撮影、ドローンによる上空からの撮影を組み合わせ、複雑な形状や構造を立体的に捉える計測が行われました。
3Dデータの活用
旧都城市民会館3Dモデル
精度の高い3次元計測で立体的に建物形状を計測した点群データと撮影した10,000枚以上の写真を組み合わせ、旧市民会館の3Dモデルが制作されました。
3D Digital Archive Project - Miyakonojo Civic Center<外部リンク>
建物の外観から屋内、屋根裏の空間まで細部も細かく計測を行ったことで、特徴的な屋根の形状や構造も緻密な再現が可能になりました。さらに、複数の技術を組み合わせたことで、暗かったホールや屋根裏の空間も3Dモデル化することができ、建物の姿を立体的な3次元のデジタルアーカイブとして記録保存することができました。
旧都城市民会館AR
スマートフォンをかざすことで、旧市民会館が目の前の風景に現れるAR(拡張現実)も制作。3Dデータとして永続的に建物の姿が継承され、またデータを使った活用機会が追加されたことで、「物理的な存在を超えた新たな存在」へ建築の価値は広がったと言えます。
『旧都城市民会館AR』<外部リンク>
旧都城市民会館VR
実際の建物を訪れたような体験ができるVR(仮想現実)も公開されました。VRゴーグルをつければ、360度あらゆる視点で、バーチャル空間になった旧市民会館の内部を見て周ることができます。バーチャルの旧市民会館には、世界中からアクセスすることができ、バーチャル空間を活用した建築ツアーやホールでのトークイベントなどの開催も期待できます。
Miyakonojo Civic Center - Invite+<外部リンク>
受賞歴
本プロジェクトは、第23回文化庁メディア芸術祭のエンターテインメント部門において、審査委員会推薦作品に選ばれました。建物の姿を記録するだけでなく、AR(拡張現実)やVR(仮想現実)、ゲーム空間など物質性を超えた存在に建築を新陳代謝させ、活用したことが評価されました。
豊田啓介氏による特別寄稿
都城から帰京して思うこと
今回3Dスキャンをしてきた都城市民会館、現代建築の名作であることは間違いないし、解体されるのは本当に残念。いろいろな保存運動が価値を持つことは確かだし、今から思えば改修の可能性や価値化の試みも実際もっと選択肢はあり得ただろうとは思う。しかし今回、実際に建物の状態と建物を取り巻く環境を見て、ああこれは解体されるべき建築なんだなと思った。
事前にある程度調べて、驚くくらい低予算で建てられたホールであることは知っていた。しかし、実際行ってみて、あの凄まじいまでの違和感を伴う存在感は、内臓と骨格を外気に晒したまま立ち続ける生物未満の有機体としてのもので、期間限定、時代限定で機能する前提で生み出された仮設建築物なのだと強く感じた。そもそもあの外観は、通常のホール建築なら内壁を構成する部材がそのまま外壁になることを強いられている状態で、構造も本来はもう一重の外皮で囲われているべきもの。要は、外皮がない。断熱や遮音その他、本当は様々な機能的サポートが必要な弱い内臓を直に外気に晒すことで、なんとか生きながらえている。表現とかいう次元を超えて、凄まじい生き様を曝している。その圧倒的な不足の中で、なんとかあの建物に生を与えようとした菊竹さんの設計に、これまでの皮相的な理解をはるかに超えた凄まじさを感じたし、あの不完全な、痛ましくも内臓と骨格を風雨にさらすしかなかった不思議な生き物を、これだけの期間生きながらえさせてきたこと自体がすごいことだと思う。
現状で、現代のホール建築のスタンダードとして最低限必要な遮音も断熱もなく、設備的な更新余地もない。防水も今ならあり得ない構成だし、実際、建物内部の雨漏りはひどかった。改修するとなると、外皮をあらたに外側に作るか、今ある内臓を外皮に変換して内部に新しい内臓をつくるかが必要になるし、それに伴って新しい循環器(水系統や空気系統、電気系統の様々な設備)も必要になる。確実に新築より高くつくし、それでも駐車場すらないので、利便性を考えると地方都市としては致命的だ。あの内臓と骨格を外気に晒しながら昭和と平成という時代を生き続けた、建築としての生の凄まじさを称えるなら、もうそっと休ませてあげたほうが、土に還してあげたほうがいい。今回いろいろ調査して、改めてそう思った。保存延命ばかりが建築のためではない。あの建物はきれいに終わらせてあげるべきだ。
これからの時代、都市や建築という領域も物理的な場所や構造だけでは、社会に求められる機能の一部しか担えないようになっていく。その中で多様なデータとして残ること、活用機会が拡張されることで、新しい価値は物理的な存在という領域外にも広がっていく。むしろ建築界は保存や文化財指定とは異なる、そういう新しい領域開拓の指針や手法こそ研究・開発して示すべきなのではないだろうか。
そういう意味で、今回の都城市の解体という決定は、広い社会の持続性という観点から正しいことだと思うし、建築界はただモノの保存というところ(それももちろん大事ではあるが)以外にも、もっと柔軟に、もっと外の視点から拡張・貢献する姿勢を養っていくべきなのではないかと改めて感じた。建築界の議論や価値が、あきらかに建築界の内部に閉じすぎているし、その割に自らは身を切ってでも広く価値や関心を広げる活動をしているわけでもない。自分達だけ安全地帯に身を隠しながら、一般社会にだけ身を切ることを求めるのはおかしい。
それにしても、時代と状況の産物とはいえ、あの狂気、凄まじい生への執念を形にした菊竹さんの設計に、あらためて心からの尊敬と畏怖を感じる。虫っぽいとかオームとかいわれるけど、あれは骨で組んだやぐらの上にぼてっと置かれて脈動をつづける心臓だったんだなと。安らかに生を全うしてほしいし、新しい拡張的な生を楽しんでほしい。
これからデジタルデータとなった都城市民会館を公開していくことで、あのホールの中で、上で、いろんな新しいイベントが始まり、むしろバーチャルイベントの聖地になる、アイコンになるくらいのところにまで持っていけたらいいなと思う。デジタル世界であれば、外皮もつけてあげられるし、手足をつけて歩き出したり、トランスフォームしたりすることだってできる。あとは、解体される建物のアーカイブとしてのスキャンばかりでなくて、現役の建物のデジタルツインを作ることで、今までとはまったく異なる価値化、モノとデジタルデータが重なり合うことで(コモングラウンド化することで)初めて生まれる活用方法や運用の仕組みを探る機会を、今後もどんどん開拓していきたい。
令和元年7月4日
プロフィール
豊田啓介
建築家/noizパートナー / gluonパートナー
東京大学工学部建築学科卒業。1996-2000年安藤忠雄建築研究所。2002年コロンビア大学建築学部修士課程修了(AAD)。2002-2006年SHoP Architects(New York)。2007年より東京と台北をベースに、建築デザイン事務所『noiz』を蔡佳萱、酒井康介と共同主宰。建築を軸にデジタル技術を応用したデザイン、インスタレーション、コンサルティングなどを国内外で行う。2017年より建築・都市文脈でのテクノロジーベースのコンサルティングプラットフォーム 『gluon』を共宰。東京藝術大学芸術情報センター非常勤講師、慶応大学SFC環境情報学部非常勤講師、情報科学芸術大学院大学 IAMAS非常勤講師。EXPO OSAKA/KANSAI 2025 招致会場計画アドバイザーほか。2020年より東京大学生産技術研究所客員教授。