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ぼんちくんと歴史探検「青花磁器瓶」

記事ID:1711 更新日:2020年5月1日更新

広報都城で連載中の「ぼんちくんと歴史探検」。ホームページでは少しくわしく解説します。今回は、西岳でみつかった古い「青花磁器瓶(せいかじきびん)」のお話です。 

これは何かな

中国で作られた「青花磁器瓶(せいかじきびん)」です。肩が丸く腰(こし)をしぼった「梅瓶(めいびん)」とよばれる形をしています。

磁器とは現代のお茶碗などと同じ、陶石(とうせき)を素材として高温で固く焼かれた焼き物です。そのうち呉須(ごす)・コバルトで絵付けした青い文様のある中国製の磁器を「青花」とよびます。

この「青花磁器瓶」は景徳鎮(けいとくちん)という窯(かま)で焼かれたと考えられています。

瓶1 瓶2

いつ作られたのかな

中国の明の時代、15世紀後半ごろに作られたと考えられています。

これは何に使うものかな

お酒などの液体を入れる「瓶(びん)」です。仏様や神様へのお供えものとして、二つ並べて使っていたと考えられています。

いつ見つかったのかな

平成4年2月3日、道路工事で木を切って整地していた時に発見されたと伝えられています。石でできた供養塔(くようとう)と白磁仏花瓶(近世以降)と一緒にならべられていたようです。

発見 発見2

どこで見つかったのかな

都城盆地の西部、霧島火山群の山すそに広がる都城市美川町でみつかりました。都城盆地から霧島山麓(さんろく)を抜け鹿児島湾へとぬける昔からの道沿いにあります。

現地から霧島

なぜここにあったのかな

わかりません。しかし、仏教的な文様(写真)が見られる点や近くに江戸時代のお坊さんのお墓がある点、まわりに霧島信仰(しんこう)にかかわるお寺や神社がいくつか残されている点などから、この「青花磁器瓶」が見つかったところにもお寺があった可能性が考えられています。

文様1 文様2 文様3

これの何がすごいのかな

  1. 当時の限られた人しか手に入れることができなかった最高級品であること。そして、ほとんど壊れていないこと。
  2. はじめは2本一組で使われていても、長い歴史の中で壊れたり別々の人の手に移ったりして、2本1組で発見される例はほとんど無いこと。
  3. この「梅瓶」には仏教的な文様が描かれています。「梅瓶」にこのような文様が描かれた例は珍しいとされること。

このような珍しい最高級の青花磁器がなぜ都城盆地にもたらされたのか? 

 古代から中世にかけて、都城盆地には、全国的に見ても珍しいほど、多量の輸入陶磁器がもたらされています。この「青花磁器瓶」はこのような都城盆地の中世を代表する貴重な陶磁器であるとともに、当時の政治的な状況や流通の様子、大陸との交易の様相などがうかがえる資料であり、都城盆地だけでなく日本列島を含めた東アジアの歴史を知る上で貴重な歴史資料となると考えられます。


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