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何欽吉は中国広東州の出身の医学者です。
江戸時代の始めごろ、自国の乱を避け鹿児島県内之浦へ渡来。都城唐人町に住み、領主の医者を務めました。医術や薬草の本を著し、多くの門人を養成したほか、朝鮮人参と同様の薬効を持つといわれる和人参を三股の山中で発見しました。
自然石の墓石には「業岐心恒居士何欽吉墓」「生於大明広東潮州澄海県」「逝于万治元年(1658)九月二十九日」と刻まれています。
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