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観音瀬水路(かんのんぜすいろ)

記事ID:0002078 更新日:2020年5月1日更新

県指定史跡

高崎町縄瀬・高城町有水

高崎町縄瀬上轟、高城町有水八久保間の大淀川の急流を観音瀬と呼びます。

江戸時代、観音瀬は一帯に広がる岩盤とその先端にある滝により、船の行き来ができない状態となっていました。

そのため、寛政3~5年(1791~1793)にかけて、船を通すために、長さ約90メートルの水路を掘る工事が行われました。これが現在も残る高崎側の水路です。また。明治22~23年(1889~1890)には高城側に県営事業としてもう一本の水路(写真・下段)が掘られました。

観音瀬・大正期 観音瀬・西から

観音瀬・明治水路から江戸水路 観音瀬・明治水路足場 観音瀬・明治水路構造物


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