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月山日和城址(がっさんひわじょうし) 三俣院高城址(みまたいんたかじょうし)

記事ID:0002256 更新日:2020年5月1日更新

月山日和城趾(がっさんひわじょうし) 三俣院高城址(みまたいんたかじょうし)

市指定史跡

高城町大井手

南北朝時代、南朝方の肝付兼重(きもつきかねしげ)によってつくられた「三俣院兼重本城」が始まりといわれています。「三俣院兼重本城」の場所には諸説あり、高城町石山の「三俣城」を肝付兼重の城とする説もあります。

現在の城の形は戦国時代に完成されたものとされ、シラス台地の端の部分に造り出された池の城・内の城・真城・本城・中の城・樽原・取添の7つの曲輪(くるわ)からなります。

都城盆地北部の拠点城郭として、北郷氏や伊東氏、伊集院氏などの諸氏が支配し、いくつもの戦いの舞台となりました。

昭和14年(1939)、中川一政、尾崎士郎らと共に宮崎県に招待された井伏鱒二は、ここ月山日和城を案内され「月山日和城」という作品を残しました。

現在は「池の城」の空堀部分に高城郷土資料館が建てられています。

 

高城空中写真 高城郷土資料館


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