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小鷹神社月待塔(こだかじんじゃつきまちとう)

記事ID:0003146 更新日:2020年5月1日更新

月待塔の石造物は、都城市内の各所でみることができ、上長飯町の小鷹神社には江戸時代に建立されたとみられる「十八夜待塔」があります。現在でも上長飯町の坂元地区で、十八夜祭の風習が残っています。

小鷹神社

由緒や、創建年月日はわかっていません。明治4年(1871)7月に山田の華舞神社(現:山田神社)へ合祀され、同6年1月には旭丘神社(姫城町)に合祀されました。しかし、上長飯の人々の願いによって、同じ年の10月にもとの場所に戻され、現在に至ります。

境内には、江戸時代の建立とみられる月待塔や太平洋戦没者慰霊碑があります。

月待塔

特定の月齢の夜に集まり、飲食をともにしながら月の出を待つ行事を月待信仰といいます。そしてその信仰の対象や供養のしるしとして建てられるのが月待塔です。

月待塔の石造物は都城市内の各所でみることができ、小鷹神社には江戸時代に建立されたとみられる「十八夜待塔」があります。

現在でも上長飯町の坂元地区で十八夜祭の風習が残っています。坂元地区の十八夜祭は、明治19年(1886)頃、子どもの成長をみることができなかった時期があり、子どもの無事出生と成長を祈願されたのが始まりといわれています。その後婦人会発足により女性だけで行われる祭りとして100年以上受け継がれています。

小鷹神社 石塔


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