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西南戦争招魂塚(せいなんせんそう しょうこんづか)

記事ID:0003344 更新日:2020年5月1日更新

前田町

西南戦争のとき、都城郷より西郷軍として従軍した戦死者134人の慰霊碑です。

明治13年(1880)、生存者と遺族により建てられました(写真・左)。碑面の筆は西郷の師とも言われた川口雪逢(かわぐちせっぽう)です。都城郷からの従軍者は、明治10年(1877)3月8日に出発した都城一番隊255人をはじめ、氏名の記録が残る者だけで1,556人に達しています。

隣接して西南戦争を悼む勝海舟の詩碑(写真・右)もあります。こちらは東京在住の生存者により、明治14年(1881)に建てられたものです。

惨憺丁丑秋 (さんたんたり ていちゅうのあき)
回思一酸辛 (おもいを めぐらせば ひとさんしん)
屍化故山土 (しかばねは こざんの つちとかし)
凜乎在精神 (りんことして せいしんあり)

また、都城の各郷にも同様の招魂碑が建てられています。

  • 荘内郷・南州神社境内
  • 山之口郷・走湯神社境内
  • 高城郷・月山日和城跡(がっさんひわじょうあと)
  • 高崎郷・宇賀神社境内
  • 山田村・山田総合支所裏

 

招魂塚 勝海舟の詩碑


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