JavaScriptが無効のため、文字の大きさ・背景色を変更する機能を使用できません。
本文
中原中常(将)坊は庄内の乱で戦死した島津方の武将です。
庄内の乱は、慶長4~5年(1599~1600)、都城を舞台にした島津氏と家臣の伊集院氏の争いです。「庄内軍記」によると、慶長4年10月16日、高城大楽(だいらく)の戦いで伊集院氏が島津氏を破りました。島津方は約300名の死者を出し、中原中常坊もその戦いで戦死したと伝えられます。
墓石は高さ約87センチメートルの自然石で「(種字)権律師慶秀法印中常坊 慶長四年十一月十六日」と刻まれています。
中原中常坊墓(右側の墓石)
<外部リンク>