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広報都城で連載中の「ぼんちくんと歴史探検」。ホームページでは少しくわしく紹介します。今回は縄文時代(じょうもんじだい)にあった巨大地震(きょだいじしん)のお話です。
縄文時代におこったと考えられています。
2014年(平成26年)、山之口スマートインターチェンジへつながる道路建設にともなう発掘調査で見つかりました。
巨大地震が引き金となっておこる「液状化現象(えきじょうかげんしょう)」の跡(あと)が見つかりました。
液状化現象とは水分を多く含んだ砂の層が、地震のゆれによってドロドロの液体のようになる現象です。その層の上にある地盤(じばん)が沈んだり(地盤沈下・じばんちんか)、水や砂が地割れ(じわれ)にそって上に吹き上げられたりします(墳砂・ふんさ)。
特に沿岸部(えんがんぶ)や埋立地(うめたてち)などで発生しやすいとされています。2011年の東日本大震災でも大きな被害をもたらしたほか、熊本地震でもおこっています。
今回発見された「液状化現象」は縄文時代におこっています。宮崎県内における縄文時代の「液状化現象」の発見は初めてであり、貴重な発見といえます。
今の地表面から4メートル以上も下にあるシラスが、水と一緒に吹き上げてきて、その上の地層の中に広がっているようす(写真)が観察できました。地層や吹き上げてきたシラスの重なり具合から、少なくとも3回の液状化現象がおこっていることもわかりました。
また、今回の調査によって、今まで沿岸部や埋立地に多いといわれていた「液状化現象」について、大きな地震があり、条件がととのえば、都城盆地のような内陸部でも引き起こされる事が再確認されました。大昔、都城盆地をおそった巨大地震と液状化現象。この発見は、私たちのまち「都城」の未来を考える上でも大きな情報となるのではないでしょうか。
この液状化現象の引き金となった地震の規模(きぼ)は震度(しんど)5から6といわれています。活断層(かつだんそう)による地震や火山の大噴火にともなう地震などの原因が考えられますが、特定はできませんでした。
梅北町の梅北北原遺跡(写真上)、下筋牟田遺跡(写真下)、横市町の畑田遺跡、今町の筆無遺跡で確認されています。
山之口一本松遺跡の調査成果は、「都城市文化財調査報告書第124集 山之口一本松遺跡」として2016年3月に報告書が刊行されました。都城市立図書館<外部リンク>などで見ることができます。